ぬか床が続かなかった私が、三十年後に祖母の味と再会した話
いま、うちの冷蔵庫には同居人がいる。
ぬか床だ。
家賃は払わない。
しゃべらない。
でも、中では毎日めちゃくちゃ働いている。

たぶん私より働いている。
この同居人と暮らしはじめて、三年になる。
ただ、白状しておくと、 私には前科がある。
おばあちゃん、スペックが高すぎる
祖母は漬物の達人でした。
家は隣町。
車で三十分、電車とバスなら五十分。
子どもにとっては、ちょっとした遠征である。
台所は土間。
コンクリート。
冬は床から冷気がせり上がってきて、足の裏が「帰りたい」と言う。
エアコンはない。
冬はストーブ、夏は扇風機。
以上。
ぬか床は中庭にいた。
洗濯機の横に。
梅干しも、そのあたりで漬けていました。
和歌山の無農薬の梅を毎年買って、 何年も寝かせっぱなしの梅までありました。
これが、酸っぱい。 とにかく酸っぱい。

顔のパーツが全部まんなかに集合するタイプの酸っぱさである。
魚は、庭に七輪を持ち出して、団扇でパタパタ。
風呂は、五右衛門風呂。
燃料は薪。
令和から見ると、ほぼ時代劇のセットである。
子どもの私は、魚を焼かせてもらったり、 風呂釜に薪をくべたりしていた。
風呂は台所のすぐ隣にあって、
大人は台所仕事をしながら、こっちをちらっと見ている。
つきっきりではない。
でも、放置でもない。
この「ちらっ」が、なんだか嬉しかった。
今でもよく覚えている。

前科:ぬか床を捨てた
二十代の半ば。
祖母から、ぬか床を分けてもらった。
ここで普通なら「そして私は漬物名人になった」と続くところだが、 続かない。

半年でダメにしちゃったもんね。
言い訳をさせてほしい。
最初は、ちゃんと祖母の味だったのだけども…
それが、だんだん違う味になっていく。
祖母の味から、じわじわ遠ざかっていく。
「え、ちょっと待って。 私が欲しいのは、おばあちゃんの味なんですけど?」
そう思った二十代の私は、どうしたか。
触らなくなった。
(いちばんやってはいけないやつ)
ぬか床は、放っておくとどうなるか。
傷む。
傷んで、どうにもならなくなって、捨てました。
祖母には「もたなかった」と伝えた、と思う。
記憶があいまいなのは、たぶん脳が自主的にモザイクをかけている。
祖母のほうも、深刻な感じではなかった。
「まぁ、またやりたくなったらやればいいから」 ……みたいな空気だったと思う。
軽い。
でも、この軽さが、三十年後にじわじわ効いてくる。
三十年の遠回り
言い訳をもうひとつ。
当時、私のまわりでぬか漬けを漬けている同世代は、ゼロ人だった。
親世代ですら見当たらない。
母も興味ゼロ。
ぬか漬けは完全に「おばあちゃんの家にあるもの」で、 わざわざ自分でやる価値を、
私は見つけられなかった。
それが三年ほど前、急にひっくり返る。
四毒抜き(純和食)に出会ったのだ。
それまでの私は、
生野菜のサラダとフルーツでビタミンを補うのが正解だと信じていた。
ところが、日本人の体にいちばん合う補い方は、漬物だと知る。

……え。
答え、中庭にあったやん。
三十年かけて、洗濯機の横に戻ってきた。
ところが、祖母はもういない。
床を分けてもらうことは、もうできない。
なので、買った。
樽の味さんのぬか床を。
届いた床に、きゅうりを一本沈める。
翌日、取り出す。
洗う。
切る。
自宅の台所で、ひとりでかじる。
——これこれ。
おばあちゃんの味だった。
感動の再会である。
相手はきゅうりである。
それ以来、ずっとお客さんをやっている。
あちらの知恵は私の考え方とぴったり同じで、安心して頼れるのです。
ぬか床の味が変わるのは、グレたからじゃない
さて。
ここで、三十年越しに気づいたことがある。
二十代の私が「味が変わった」と見捨てた、あのぬか床。
あれは、傷んでいったんじゃなかった。
私の手の菌を受け取って、
私の台所の温度で、 私のぬか床になろうとしていたのである。
グレたんじゃない。
自立しようとしていたのだ。
それなのに私は、 「実家の味に戻りなさい」と言って、口もきかなくなった。
完全に、ダメな親のふるまいである。
受け継ぐというのは、同じものを保ちつづけることだと思っていた。
違った。

菌のみなさま、いつもお世話になっております
ここで少しだけ、真面目な話を。
日本人の体が欲しているのは、味噌とぬか漬け。
腸で働いてくれる乳酸菌がいるからだ、と私は習った。
乳酸菌は熱に弱い。
味噌汁にすると、死んでしまう。
「じゃあ意味ないじゃん」と思うかもしれない。
ところが、死んだ菌でも、腸はそれをちゃんと良いものとして受け取ってくれる。
死してなお、働く。
菌、仕事熱心すぎる。
さらに言うと、腸の中に住んでいる菌の数は、 人の細胞の数と同じくらい、
あるいはそれ以上とも言われている。
つまり私たちは、自分の細胞と同じくらいの数の菌と、
ひとつの体をシェアして暮らしている。
人間は、ほぼ菌のシェアハウスである。
人は菌に生かされている。
そう言っても、大げさではないと思う。
そして、ぬか床の中でも、 今この瞬間、とんでもない量のやりとりが起きている。
だから私は、かき混ぜるとき、機嫌よく話しかける。
「おはよう。今日もよろしくね」
念のため言っておくと、実験で証明された作法ではない。
でも、機嫌よく世話をした床は、ちゃんと味で返してくる。
漬けている人なら、たぶんわかってもらえると思う。
毎日じゃなくていい。
見張らなくていい。
忘れなければ、それでいい。
……あれ。
これ、どこかで見た距離感だな。
そうだ。
薪をくべる私を、台所から「ちらっ」と見ていた、 あの距離でした。

またやりたくなったら
祖母に、再開したことは伝えられなかった。
でも、半年でダメにしたあの経験は、 ちゃんと下地として残っていた。
失敗した記憶が、三十年後に役に立っている。
人生、何がいつ効いてくるかわからない。
「またやりたくなったらやればいいから」
あの、軽い一言。


叶いましたよ、おばあちゃん。
今度の床も、きっと少しずつ私の味になっていく。
今度は、グレても見捨てない。
