ふれることは、戻ること|お手当てで本来の自分に還る
この記事を書いてからしばらく経ちますが、今も手のひらで自分を抱きしめるのは、私の毎日の基本です。
心がすっと静かになるあの感覚が、今も大好きです。

お手当ての本質
ふとしたとき、誰かが頭を痛そうにしていたら、思わず手を当ててしまうことはないですか?
お腹が痛いときに、自然と自分のお腹をさすってしまうことは?
これは「知識」でも「技術」でもなく、人が本来持っている「感覚」です。
理屈ではなく、無意識のうちにやっていること。
それが、日本に古くから伝わる「お手当て」の本質だと、私は思っています。

「痛いの痛いの、飛んでいけ」も、お手当てなんだね。

そうそう。
誰に習ったわけでもないのに、みんな知ってるでしょう?
足すのではなく、整える
私が大切にしているお手当ては、何かを外から足すものではありません。
すでに持っているものを引き出し、整え、調和させるものです。
たとえば……
- 手を当てると、体が本来のリズムを思い出していくような感覚がある
- 深く呼吸をすると、気持ちが静まっていく
- 体に余計なものを入れないでいると、体が軽く感じられる
どれも特別な技術ではありません。
誰もが生まれながらに持っている、「自然の力」だと私は感じています。
私の毎日のお手当て
分離感があるうちは、いちいち手に意識をおいてやるのだけど、慣れると、暮らしそのものがお手当てです。
心を込めて生きる。
すると、自然と触れるもの、作るものなどが整って、使う人にとって整ったものになるんです。お手当ては私にとって、より良く生きるための生活の知恵です。
食を整えることも、お手当てと同じ
私は純和食(四毒抜き)を大切にしていますが、これもお手当てと同じ考え方です。
- 何かを「足す」のではなく、余計なものを「取り除く」
- 体が持っている本来の働きを引き出す
- 自然のリズムに戻る
私の場合、そうしていくうちに、体も心も少しずつ整っていくのを感じました。
だから私は、「お手当て」と「食」を切り離して考えていないんです。
治すのではなく、戻る
お手当ては、病気を治すためのものではなく、「本来の状態に戻る」ためのもの。
手を当てる、呼吸を整える、食を見直す。
そうすることで、私たちは「いちばん心地よい自分」に還っていける。そう感じています。
もし今、心や体に疲れを感じているなら、何かを足す前に、まず「整えること」から始めてみてはどうでしょう。
あなたはもう、必要なものをちゃんと持っているのだから。

手のひらと呼吸で整える時間、よかったら試してみてね。

