私がお金の生まれ方を知った日|信用創造の話と、そこから呼吸に還るまで
「銀行は、みんなの預金を貸している」——私もそう思っていました

2019年の夏、お金の仕組みについての講演を聞く機会がありました。
そこで最初に投げかけられた問いが、これでした。

銀行は、みなさんの預金を集めて、
それを誰かに貸しているところ。そう思っていませんか?
思っていました。というより、疑ったことすらありませんでした。
銀行にはお金が集まっていて、必要な人がそこから借りていく。
そういう場所だと。

そういえば、今まで誰かの預金が減ったって、聞いたことないもんね
そうなんです。
もし銀行が本当に「預かったお金を又貸し」しているなら、誰かが借りるたびに、
どこかの誰かの残高が減っていないとおかしい。
でも、そんな話は一度も聞いたことがない。
この一点に気づいたとき、私の中で何かがずれました。
お金は、銀行が「貸すとき」に生まれている
実際に起きていることは、こうでした。
銀行が誰かに百万円を貸すとき、金庫から札束を出してくるわけではありません。
借りた人の口座に「百万円」と記帳する。
それだけで、この世に百万円が新しく生まれます。
昔は帳簿に手で書き込んでいたので、これを万年筆マネーと呼んだそうです。
今は印字ですけれど、やっていることは変わりません。
順番が、私の思い込みと逆でした。
預金を集めてから貸すのではなく、貸すことによって預金が生まれる。
これを信用創造といいます。

みなさん、こんなこと知っていましたか!?
私が最初に受けた衝撃は「銀行がずるい」ということではなくて、世の中に出回っているお金の大部分が、こうやって生まれたものだったという事実のほうでした。
国が刷った紙幣は、そのうちのごく一部でしかありません。
ここで一つ、当時の私が混同していた点を正しておきます。
紙幣や硬貨を発行する権限(通貨発行権)は、日本銀行と政府のものです。
民間の銀行が生み出せるのは、あくまで預金というかたちのお金。
実際に世の中を動かす力はほとんど同じですが、別のものです。
じゃあ、銀行は無限にお金を作れるの?
ここが、私が理解するのにいちばん時間のかかったところでした。
「何もないところから作れる」と聞くと、銀行は無限にお金を刷って儲け放題のように感じます。でも、そうではありませんでした。
銀行が百万円の預金を生み出すとき、同時に「百万円を返してもらう権利」を抱え込みます。
もし返ってこなければ、その損は銀行が自分の資本で被る。
だから銀行は、返せそうにない相手には貸せません。
歯止めは、ほかにもあります。
- 銀行が守らなければならない資本のルールがあること
- 中央銀行が金利を上げ下げして、借りやすさそのものを調整すること
- そして何より、借りたい人がいなければ、お金は生まれないこと

無限じゃないんだ。ちょっと安心した…?
私も少し安心しました。
そして、そのすぐあとに、もっと静かな怖さがやってきました。
お金の正体は、誰かの借金だった
生まれ方がそうなら、消え方もそうなります。
借金を返すと、そのお金は消えます。 帳簿の上から、貸した記録と一緒に無くなる。
つまり——
- 誰かが借りる → 世の中のお金が増える
- 誰かが返す → 世の中のお金が減る
このお金が回り続けるためには、誰かが借り続けていなければならない。
不景気になると「お金が足りない」と言われますが、みんなが借りるのをやめれば世の中のお金は実際に縮むのだから、当たり前といえば当たり前でした。
経済成長が常に求められる理由も、この構造と無関係ではないのかもしれない——と、私はそのとき思いました。
断言はできません。
経済のことは、たった一度の講演で分かるほど単純ではないはずですから。
ただ、そういう見方があることを知らなかった自分には、はっきり気づきました。
知ったあと、私はしばらく固まっていました
正直に書きます。
この話を聞いた帰り道、私は何も考えられませんでした。
頭のどこかがずっと働いていて、でも何も結論が出ない。
そういう状態が、しばらく続きました。
最初にやったのは、犯人探しでした。
誰が悪いのか。
どこかに悪意のある人がいるはずだ、と。
そう考えると、いっとき気持ちが楽になるんです。
敵がいれば、怒っていられるから。
でも、探しても探しても着地しませんでした。
この仕組みは、誰か一人が今日決めたものではなくて、長い時間をかけて世界中に広がったものだから。
怒りの持っていき先が、どこにもない。
そして気づいたんです。
私はいま、自分では動かせないものについて、朝から晩まで考え続けている。
家のことも、目の前の人のことも、上の空になっていました。
知って視界が広がったはずなのに、暮らしはむしろ狭くなっていた。
これは、いいことなんだろうか。
そう思いました。
私がたどり着いたのは、呼吸でした
結論から言うと、私は「知ったうえで、自分の足元に戻る」というところに落ち着きました。
仕組みを知らなかったころには戻れません。
戻りたいとも思いません。
知ることには、確かに意味がありました。
家計の見方も、ニュースの聞こえ方も変わりましたから。
でも、外側の仕組みは、私が一人で変えられるものではない。
私が確実に扱えるのは、その事実に対する自分の内側の反応のほうでした。
固まって、焦って、誰かを責めたくなる。
その状態のまま何年も生きるのか、それとも、いったん自分の身体に戻ってから物事を見るのか。
私は後者を選びました。
その入口が、呼吸でした。
理屈は要りません。
息を吸って、吐く。
それを見ているあいだ、頭は考えるのをやめます。
考えるのをやめた場所からもう一度世の中を見ると、同じ事実が、少し違う手触りで届きます。
怒りではなく、静けさのほうから。
これは私が実際に通った道です。
同じ道が誰にでも合うとは思いません。
ただ、もしいま同じところで固まっている人がいたら、試してみる価値はあると思っています。
実践:朝五分の呼吸

朝一番、起きてすぐ、布団の上でやってみてね
やることは、これだけです。
- 布団の上に、楽な姿勢で座る(横になったままでも大丈夫)
- 鼻から入ってくる息を、ただ感じる
- 鼻から出ていく息を、ただ感じる
- 考えごとが浮かんだら、気づいたところでまた息に戻る
コントロールしません。深く吸おうとも、長く吐こうともしません。
ただ観察するだけです。
朝が難しければ、一日のどこかで五分。
毎日続けるほうが、一度長くやるよりずっと効きます。


まずは五分から。生活の知恵として取り入れてみてください
参考にした資料
この記事のきっかけは、2019年に聞いた大西つねき氏の講演でした。
信用創造という言葉を、私はそこで初めて知りました。
ただ、一人の方から聞いた話をそのまま信じるのは、この話題ではとくに危ういと思ったので、あとから公的な資料も確認しました。
- イングランド銀行「Money creation in the modern economy」(2014年 四半期報 Q1)
https://www.bankofengland.co.uk/quarterly-bulletin/2014/q1/money-creation-in-the-modern-economy - 現代のお金の大部分は民間銀行が融資を行うことで生まれること、銀行は預金者のお金を又貸ししているわけではないことを、中央銀行自身が説明しています。
- 日本語で読みたい方は、全国銀行協会が刊行している銀行の仕組みの解説書にも、貸出の記帳によって預金が生まれるという説明があります。
つまりこれは、隠された秘密の話ではありません。
公開されているのに、ほとんどの人が習わないまま大人になる話です。
私もその一人でした。
この記事は、私自身の体験と、その後に確認した資料にもとづいて書いています。
経済の専門家ではありませんので、正確なところはぜひご自身で一次資料にあたってみてください。
