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言葉を超えた癒しがあった|住宅街の片隅のミャンマー寺院で感じた、2500年の技

しぜんのまほう
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日本人が「瞑想」と聞いて思い浮かべるもの

瞑想、と聞いてどんなイメージが浮かびますか?

修行。我慢。ストイック。どこか近寄りがたい世界…

でも、それは違います。

ヴィパッサナー瞑想とは「生きる技」です。
宗教でも儀式でもなく、2500年前にお釈迦さまが再発見した、心と体をありのままに観察する普遍的な方法。

その本質が、日本の住宅街の片隅に、静かに息づいていました。

keko
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古民家が寺院になった場所

Tipitaka Brahmavihāra Myanmar Monastery

「Tipitaka Brahmavihāra Myanmar Monastery」

表札がなければ、ただの古民家です。

日本人の方から寄付されたその建物は、住宅街の片隅にひっそりとあります。

でも一歩踏み入れると、空気が違う。

オレンジ色の袈裟をまとったお坊さんと子ども

オレンジ色の袈裟をまとったお坊さん。

ミャンマー語が飛び交う賑やかな声。

子どもたちがのびのびと走り回っている。

この日は、同僚でもあり友人でもあるミャンマー人男性の誕生日の振る舞いの集まり。

keko
keko

上座仏教では、誕生日は「もらう日」ではなく
「周りに感謝を伝え、振る舞う日」なのだそうです。

30人ほどが集まりました。

前日から、4時起きで作られた料理

食卓に並んだのは、ミャンマーとタイのお米を混ぜて炊いたご飯。

これ自体が誕生日の振る舞いに使う高価なものだそう。

スプーンとフォークを用意してくれていたけれど、この日は使い捨てビニール手袋をつけて、皆と同じように手で食べました。

手で食べると、上品で美味しい。

遠い人は2時間かけて来て、前日から、当日は早朝4時から準備してくれていた。

おかずは沢山あったけれど、ご飯だけでお腹いっぱいになれるほど美味しくて、気づいたらお代わりしていました。

フルーツ、米粉のお菓子「サヌエマキン」(ミャンマーのココナッツミルクケーキ)、
お茶っ葉と豆の「ラペソー」(ミャンマーの古代から続く「食べるお茶」)、手作りのフルーツゼリー…

食べればわかる。

どれも愛情がこもっている。

義務感からでも、ご利益目当てでもなく、彼らはそれを楽しみながら作っている。

ダルマ天使
ダルマ天使

その雰囲気が、そのまま料理に宿っていました。

2500年の教えが守り継がれた理由

2階に仏間がありました。

ミャンマーの寺院の写真、そして当時実在したお釈迦様の弟子の遺骨が8体。

静かに、でも確かに、何かが宿っている空間でした。

ヴィパッサナーの教えは、お釈迦様の没後500年でインドから姿を消しました。

引いたり足したりされて、原型を失ってしまったから。

でも隣国ミャンマーでは、出家者たちによって大切に語り継がれていた。

100年前、時代が大きく変わるからという理由で、在家にも門戸が開かれた。

今回招待してくれた友人にその話をすると、「その通り」と返ってきました。

だるま王子
だるま王子

ちなみに、その流れが日本に届いたのは1980年代だよ。

全て寄付で成り立っている世界

ヴィパッサナーセンターに初めて行った時、最初に驚いたのはそこでした。

10日間の合宿。

宿泊費、食費、学習費、全て寄付。

金額は自分で決める。

カルチャーショックでした。

振り返ると、私が自立的な行動をとれるようになったのも、自発的にお金を出せるようになったのも、全部上座仏教の影響だと今は思っています。

言葉を超えた癒し

この日集まった30人のミャンマーの人たち。

毎日ヴィパッサナー瞑想をしているわけではないかもしれない。

でも、その心得の基本がしっかり根付いている。

だから一緒にいて違和感がない。

自然でいられる。

言葉が通じなくても、ひとつも辛くない。

純粋に、この人たちにも幸あれと思える。

通訳アプリを通して聞いてみました。

「毎日たのしいですか?」

「楽しい」

すぐに返ってきました。

キモダルマ
キモダルマ

現代の日本人は、もしかするとそこが怪しいかも。

AIが台頭する時代に、しなやかでいられる人

知識を詰め込んできた人が重宝され、収入も地位も高い時代が続いてきました。

でも今、その価値が突然なくなる日が来ようとしています。

ジェンダルマン
ジェンダルマン

実際、既に始まってるように感じるけど…

そんな時代に、しなやかにイキイキしていられるのは誰か。

私はこの日、その答えを見た気がしました。

清々しく、自然体で、今日を楽しんでいる人たち。

食と呼吸と、言葉を超えたつながり。

それは2500年前から変わらない、本当に大切なものでした。

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