四毒抜きで心も体もピカピカに|日本人とミャンマー人から学ぶ最強の生き方
ミャンマー人の友人がいます。
家族を大切にして、よく笑って、困ったときはお互い様——
そういう空気が自然と漂っている人たち。
四毒(グルテン・植物油・乳製品・甘いもの)をバリバリ摂っているのに、鬱のミャンマー人をわたしはまだ一度も見たことがない。
でも、健康寿命は50代で尽きることが多いと聞きました。
なぜこんな対比が生まれるのか? そして、そこから何が見えるのか。

日本人とミャンマー人——対極のふたつの姿
整理するとこうなる。
長生きするけれど、心の居場所がなくて鬱々しがち。
孤独、うつ、慢性疲労。
豊かなのに、なぜか満たされない。
いつもご機嫌でよく笑う。
でも四毒まみれで、血管の寿命が短い。
笑顔のまま、早くに倒れてしまう。
どちらが良い悪いではない。でも、どちらも片方しか持っていない。
東洋医学で見ると、もっとはっきりする
虚実・寒熱という東洋医学の体質の見方がある。
現れる症状が違っても、根っこの状態をこの軸で見ていく考え方だ。
冷たい食べ物、冷房過多、感情を抑える文化。
体の内側の火が消えかけている。
熱帯の気候、油と香辛料、
活発な感情表現と信仰の熱量。
陽の気が外に向かって発散されている。
でもその熱が、血管や内臓を消耗させていく。

どちらも「バランスを崩した状態」。
現れ方が真逆なだけで、根っこは同じ問題かも。
本来の食に、答えがあった
では、植民地化される前のミャンマーの食はどうだったのか少し調べると…
- 発酵茶葉(ラペッソー)
- シャン族の納豆、魚醤(ンガピ)
米が主食——発酵食と豆と米が中心の食文化が根付いていた。

日本の伝統食と、根っこが同じだね
イギリス支配によって、その食の構造が外から書き換えられた。
日本も戦後のPL480条で、小麦・植物油・乳製品が「豊かさ」の象徴として食卓に植え付けられた。
「店に並んでいるから買う。美味しいから食べる。」
——その繰り返しの裏に、歴史がある。
気づかずに食べ続けることは、その構造に乗り続けることでもある。
最強の生き方とは
先日、ミャンマー人の友人の誕生日のお祝いで寺院に招かれた。

そこで大学院でミャンマーのお茶を研究されている方と、こんな話をした。
「ミャンマーも日本も、植民地支配で歴史が書き換えられた」——
遠い国の話ではなく、わたしたちの食卓と体に直接つながっている話でした。
ミャンマー人のご機嫌マインド(信仰・コミュニティ・徳積み)を
取り入れながら、四毒を抜いて血管と脳をピカピカに保つ
この両方を持つこと。
心も体も、上流から整える。
毎日何を食べるか。
誰と笑うか。
何を信じるか。
それだけで、人生の質はがらりと変わる。
自分の食卓から変えていく——
それが、静かで確かな一歩と考えさせられました。

自国の植民地以前の食の歴史を少し遡ってみると、意外な発見があるかもしれません。知られざる自分たちの知恵が、そこに眠っているかも。
