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自分を整えることは、世界への静かな献身

しぜんのまほう
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「世界のために何ができるだろう」

そう問いかけるとき、私たちはつい外側に答えを探してしまいます。

今回は、私のひとり語り
今回は、私のひとり語り
ダルマ天使
ダルマ天使

それは、
寄付をすること?
ボランティアに参加すること?
誰かのために動くこと?

keko
keko

もちろん、それらはどれも尊い行為。

けれども最近の私は、もっと静かで、もっと根本的な「貢献」の形に辿り着きました。

それは――
自分自身が、徹底的に健全でいること。

依存から抜けたとき、世界の解像度が変わった

かつての私は、疲れれば甘いものを口にしていました。
それが自分を癒やす、ご褒美のようなものだと思っていたからです。

海外の友人から誕生日にいただいたロシアクッキー
かつては甘いものを“ご褒美”にしていた私ですが、
今はその奥にある気持ちを受け取れるようになりました。

けれど、食の歴史を知り、体の仕組みを学び、少しずつ生活を整えていく中で、
私はあることに気づきました。

「ご褒美」だと思っていたものは、
実は脳の回路を刺激する一時的な快楽の仕組みだったということに。

それを知ったとき、私は初めて、その小さな鎖から自由になりました。

街の中で、あるいは親しい集まりの中で、
かつての私と同じように依存のループの中にいる人を見かけることがあります。

そのとき、胸の奥にほんの少しの切なさがよぎります。

それは見下しているのではなく、
ただ「別の景色があること」を知ってしまったから。

知っているのと、知らないのとでは、
人生の解像度も、歩く方向も、静かに変わっていくのだと思います。

「ひとりになること」という愛情表現

私は今、将来、森の中で静かに暮らす未来を思い描いています。

「もっと人と関わればいいのに」と言われることもあるかもしれません。

けれど、私にとって「ひとりになること」は、
世界や地球に対する、とても贅沢な愛情表現なのです。

自分の内側が凪(なぎ)のように静かなとき、
そこから放たれるものは、自然と周囲に伝わっていきます。

無理に誰かを助けようとしなくても、ただ整った存在としてそこに在ること。

それだけで、世界に微かな調和が広がっていく。
私はそんな感覚を信じています。

その純度を保つために、
ときにはノイズから離れ、自分を整える時間と場所が必要なのです。

真心を受け取るための「器」

誕生日に海外の友人からいただいたチーズケーキ。手紙と紙の薔薇。一緒に届いた、静かな真心

先日、誕生日に海外の友人からプレゼントをもらいました。

日本語で書かれた手紙と、何度も練習して作ってくれた、紙の薔薇。

そこにあったのは、
「物」ではなく、彼女が私のために使ってくれた時間と祈りでした。

それは静かな真心。

自分を整えるということは、
こうした他者の思いを、一滴もこぼさず受け取るための
魂の器を用意することでもあるのだと思います。

自分がわかっていれば、それでいい

この生き方は、効率や成果を重視する社会の中では、理解されにくいかもしれません。

それでもいいのです。

誰かに認められなくても、自分の魂が「これでいい」と静かに頷いているのなら。
それ以上の報酬は必要ありません。

自分を整え、内側へ還る。
その小さな営みが、巡り巡って、どこかの誰かの平和へとつながっていく。

そう信じながら、私は今日も、自分という聖域を丁寧に耕しています。

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