生産性を上げるより、前提を疑う1時間の方が価値がある
AIが台頭してきた。
だから、これまで人がやってきたことの生産性を大幅にアップする。
そういうタスクを組んで、何年も取り組んでいる人たちがいる。
個別に話してみると、しんどいらしい。
目が死んでいる。
心も死んでいる。
それでも開発を続けている。
なぜこうなるのか。
前提を疑ったことがないからだと思う。

今回は、足元を見る。そんな話し
コロナの時も、同じことが起きた

2020年から始まったコロナ禍を覚えてる?

あれだけ世界を揺るがした出来事が、うやむやなまま終わった。あれだね。
ちゃんとした振り返りも、総括も、ないまま「次」に進んだ。
なぜ振り返らないのか。
振り返ると、前提が崩れるからだと思う。
「正しかった」という前提、
「仕方なかった」という前提、
「専門家を信じた」という前提
それらが崩れると、次に何を信じればいいかわからなくなる。
だから振り返らない。
前に進む。
生産性を上げる。

でも、前提が間違ったまま速度を上げると、間違った方向に速く進むだけ。
「上流」を見ずに走り続けることの怖さ

歴史を知らないと、食の選択基準が「美味しい」「健康そう」で止まってしまう。
同じように、前提を疑わないと、仕事の選択基準が「効率的か」「生産性が上がるか」で止まってしまうんだよね。
上流を知ることで初めて、本当の選択ができる。
食でも、仕事でも、社会でも———これは同じ構造。
AIを使って生産性を上げる前に、問うべきことがある。
その仕事は、誰のために、何のためにあるのか。
その答えが出ていないまま効率化すると、何が起きるか。
目と心が死んだ状態で、速く走り続けることになる。
ハードウェアを壊しながらソフトウェアを酷使している
以前、こんな記事を書きました。

どんなに優秀なソフトウェアも、OSがバグっていたら正常に動かない。
ハードウェアを整えることが先だ、という話。
生産性を上げる競争は、まさにこれと同じ構造をしているように見えます。

ハードウェア(体と脳と心)が限界を超えている状態で、ソフトウェア(仕事のスキルやツール)だけを酷使してるんだよね
目が死んでいるのは、頭が働いていないサインかもしれない。
心が死んでいるのは、体が「もう限界だ」と叫んでいるサインかもしれない。


そこにAIというさらに強力なツールを投入しても、
バグったOSの上で動かすアプリが増えるだけ。
前提を疑うとはどういうことか

難しいことじゃなくてね。
それは、一度立ち止まって、こう問うこと。
「なぜ、これをやっているのか」
「誰が決めた前提で、自分は動いているのか」
「この方向に速く進んで、どこに着くのか」
コロナの振り返りをしなかった社会は、次の出来事でも同じことを繰り返す。
生産性の前提を疑わない組織は、消耗しながら間違った方向に走り続ける。
前提を疑う1時間は、効率化に費やす100時間より、長期的に見て価値があることがある。

本当の生産性とは何か
・目がクリアで、心が穏やか
・体が軽い状態
・自分が信じる方向に、着実に歩いていること
AIがどれだけ発達しても、呼吸は自分でするしかない。
・食べるものを選ぶのも自分
・何のために働くかを決めるのも自分

ハードウェアを整えながら、上流を知りながら、前提を疑いながら動く人その人の「生産性」は、数字では測れない
でも、長い時間軸で見ると、一番遠くまで行く。
しんどい人へ
目と心が死んでいると感じているなら、まず立ち止まることだと思います。

それだけで、見える景色が変わる。
速く走ることより、方向を確かめることが、きっと先だよ。
