10年かかって、やっと通しでできた ― ババジのクリヤー・ヨーガ18のポーズと、その日に訪れた静かな幸福感

埋まらなかった空虚のこと
もともと私は、人生がうまくいかないことばかりでした。
どうしたら幸福感に満たされるんだろう。
ずっとそれを探している人でした。
ただ、ひとつだけ最初からはっきりしていたことがあります。
物や名誉では、私の空虚は埋まらない。
そういう感覚が、なぜか初めからありました。
だからそちらの道はスルーして、別の方向を探すことになりました。
私が向かったのは、ルーツを知ることでした。
歴史を知ること。
それも、なるべく古いもの。
そうやって歩いていると、時折、導かれるように道が拓けることがあるんですよね。
理屈で選んだわけでもないのに、その本がそこにあった、というような。
ババジのクリヤー・ヨーガとの出会いも、そのうちのひとつでした。
2016年3月、本とDVDを買った

ババジと18人のシッダ: クリヤー・ヨーガの伝統と真我実現への道

『ババジと18人のシッダ』という本
それと
18のポーズを収めたDVD

DVD>ババジのクリヤ-・ハタ・ヨ-ガ
買ったのは、2016年の3月。
正直に書きますが、
私は正式なイニシエーション(伝授)を受けていません。
市販されている本とDVDだけを手にした、完全な独習です。
そして、その後の10年が、まあ、亀の歩みでした。
普通に暮らしながらだと、本を開くのもDVDを観るのも、たまに。
ほとんど本棚の肥やしになっていた時期のほうが長かったと思います。
周りに実践している人もいないので、続けるも止めるも、全部自分の意識ひとつ。
18のポーズは、10年間ずっとDVDをつけないとできませんでした。
フルで通せる時間が取れるのは、年に数えるほど。
それに私の場合、少し変わっているのかもしれませんが、ポーズよりも瞑想のほうが得意なんです。
なので、クリヤー・ヨーガはどちらかというと、瞑想に入るための補助的な役割としてやっていました。
それでも、手放しはしなかった。
それだけの10年でした。
読み返したら、見え方が変わっていた
今回、久しぶりに『ババジと18人のシッダ』を読み返しました。
すると、以前とは別の視点でも理解が深まったような気がしたんです。
同じ本なのに、10年分の自分を通すと、違う場所に光が当たる。
そこでふと思いました。
もしかして、DVDを見なくてもできるんじゃないか。
頭の中に入っている映像を、引っ張ってくる感じで。
初めての試みでした。
途中、本で次のポーズを確認しながらでしたが、ぎこちなくはあれ、18のポーズをはじめて通しでやり切ることができました。
嬉しくなって、次の日もやってみました。
その次の日も。
シャンティマントラの、あとに
日を重ねるうちに、だんだん自分のペースで時間配分ができるようになってきました。
そして、ゾーンに入りながらポーズを進められるようになった、ある日のこと。
最後のシャンティマントラを唱え終わった後、無我の境地に至ったというか、得も言われぬ静かな幸福感に包まれました。
言葉にすると陳腐になってしまうのが悔しいのですが、それは何かを得たときの高揚とは全然ちがうものでした。
むしろ、ずっと探していた「埋まらなさ」のほうが、いつのまにか静かになっていた、という感じ。
これは本物だ。
そう思いました。
でも、あなたに同じことが起きるとは言いません
ここは正直に書いておきたいところです。
私の場合、10年かかっています。
そして、この方法は今の時代に合わないかもしれません。
すぐに結果が出るものでも、誰かが横で励ましてくれるものでもない。
個人差も激しいと思いますし、私に起きたことに再現性があるとは、私自身、思っていません。
だから「これをやれば幸福感が来ます」とは、口が裂けても言えません。
ただ、本当に感じたことなので、書き残しておくことにしました。
呼ばれる人にだけ届けばいい、くらいの気持ちで。
なんせ、ババジには嘘は通用しないでしょうから。
興味を持たれた方へ
18のポーズの具体的な内容は、書籍とDVDの中身そのものなので、ここでは書きません。
気になった方は、ご自身で手に取ってみてください。

ババジと18人のシッダ: クリヤー・ヨーガの伝統と真我実現への道
(マーシャル・ゴーヴィンダン 著)

DVD>日本語版クリヤ・ヨーガDVD(18のポーズが映像で解説されています)
- ストリーミング版の動画も公式で販売されています。
そして、私が今回いちばん驚いたこと。
調べてみたら、日本には八ヶ岳にアシュラムがあり、正式なイニシエーション・セミナーが東京・千葉・大阪・八ヶ岳で、年に何度も開催されていました。
10年ひとりでやっていたので、まったく知りませんでした。
私のように独習で細々と続けている方がいたら、こちらのほうがずっと確かな道かもしれません。
おわりに
10年、亀の歩みでした。
でも、あの日の静けさに辿り着いてみると、その10年は遠回りではなかったのだと思います。
速く進むことより、手放さないことのほうが、たぶん効いていた。
もし今、何かを細々と続けていて、これに意味があるのかなと思っている方がいたら。
意味は、あとから来るみたいです。

本記事は私個人の体験を記したものであり、効果や結果を保証するものではありません。
「ババジのクリヤー・ヨーガ」は Babaji’s Kriya Yoga and Publications の登録サービスマークです。
