プログラミング未経験でもアプリは作れた|AIに”言葉”で伝えて瞑想アプリを作った話
私は、コードが読めません。
今も読めません。プログラミングを勉強したこともありません。
でも、アプリを作りました。
「しぜんのまほう 庭」という、呼吸の実践を静かに積み重ねていく瞑想アプリです。
今、実際にインターネット上で動いていて、誰でも使えます。


作り方は、たったひとつでした。
AIに、日本語で話しかけること。

この記事は、その記録です。
特別な才能の話ではありません。
「作りたいものが心にある人は、もう作れる時代になった」という話です。
作りたかったのは、数字が増えないアプリ
きっかけは、既存の瞑想アプリへの小さな違和感でした。
通知が来る。
連続記録が途切れるとがっかりする。
バッジがもらえて嬉しくなる。

それって、静けさを求めて開いたはずのアプリの中で、
また何かに追いかけられていないだろうか?
私は2000年から呼吸の実践(静慮)を続けています。
その経験から確信していることがひとつあります。
呼吸の積み重ねは、ごほうびで続くものではなく、
静かに育っていくものだということ。
だから、こんなアプリを思い描きました。

呼吸をひとつ重ねるたびに、画面の中の庭が、ほんの少しずつ育っていく。
芽が出て、草が生え、花が咲き、木になり、いつか森になる。
通知もランキングも、派手な演出もない。
ただ、自分の呼吸の分だけ、庭がそこにある。
問題はひとつだけ。
私には、それを作る技術がまったくなかったことです。
「作って」と言葉で頼んだら、本当にできた
使ったのは、AI(Claude)です。
やったことは、本当にこれだけでした。
作りたいものを、日本語で、話し言葉のまま伝える。
「呼吸を実践すると、庭の植物が少しずつ育っていくアプリを作ってほしい」
すると、画面に本当に「庭」が現れたのです。
最初は素朴な、小さな芽がひとつあるだけの画面でした。
でも、確かに動いていました。
あの瞬間の、鳥肌の立つような感覚は忘れられません。
そこからは、対話の繰り返しでした。
たとえば庭の成長は、AIと相談しながら「芽 → 草 → 花 → 木 → 森 → 深森 → 古木 → 霊域 → 聖域」という九つの段階に決めていきました。
フォントを変えたいときは「和風の日本語フォントに変更してください」と伝えただけ。
それだけで、アプリ全体の空気が一変しました。
一番覚えているのは、春の花びらの調整です。
季節ごとに花びらや落ち葉が舞う演出をつけたのですが、どうにも間延びして見える。
でも私は、それを技術の言葉では説明できません。
だから、感じたままを伝えました。
「最初の花びらがヒラヒラときたら、すぐに次の花びらがハラハラと落ちる感じにしたいの。
『ヒラヒラ、ハラハラ、ヒラヒラ、ハラハラ…』っていうイメージ。
今のだと『ヒラヒラ・・・・ハラハラ・・・』って感じになってるんだよね」
擬音です。
擬音だけです。
それでも、AIはこの言葉から「花びらが現れる間隔が長すぎる」という原因を突き止めて、直してくれました。
次に画面を見たとき、そこには私がイメージしていた通りの、途切れない春がありました。
コードは一行も書いていません。
書けません。
でも、望んでいるものを言葉にすることは、できたのです。
ある日、庭が動かなくなった
いいことばかりではありませんでした。
ある日、いつものように庭を開いたら——真っ白でした。
何も表示されない。
昨日まで確かに動いていたのに。
私には、原因を調べる技術がありません。
画面の裏側で何が起きているのか、見ることすらできない。
焦りました💦 再起動しても、別のデバイスで試しても動かない💦💦
でも、やることは同じでした。
AIに聞いたのです。

庭が動かなくなったの。どうして?💦💦💦
原因は、アプリが借りていた外部の部品(私には今もよく分かっていません)が、先方の都合で変わってしまったことでした。
AIはそれを見つけ出し、「二度と同じことが起きないように」部品を固定する対処までしてくれました。
庭は、その日のうちに戻ってきました。
このとき学んだのは、分からないままでも、前に進めるということです。
原因が分からなくても、「困っている」と言葉にできれば、道は開ける。
これは技術の世界に限らない話だなと、あとからしみじみ思いました。
必要だったのは、技術じゃなくて”言葉”だった
3ヶ月ほどの制作を振り返って、はっきり分かったことがあります。
アプリ作りに必要だったのは、プログラミングの知識ではありませんでした。
必要だったのは——
自分が何を望んでいるかを、ちゃんと観て、言葉にすること。
「なんかイラッとくる」で終わらせずに、何にイラッときているのかを見つめる。
「ヒラヒラしすぎ」と感じたら、じゃあどうなってほしいのかを、自分の中から取り出してくる。
これは、私が26年続けてきた呼吸の実践と、まったく地続きのことでした。
静慮は、自分の内側で起きていることを、ただ静かに観る練習です。
その「観る」が、そのままアプリ作りの力になった。
これは自分でも予想していなかった発見でした。
技術は、AIが持っています。
でも、何を作りたいかは、あなたの中にしかありません。
そしてそれを言葉にする力は、特別な人だけのものではないのです。
あなたの中にも、作りたいものはありませんか

「いつか、こんなものがあったらいいのに」
そう思ったまま、心のどこかにしまってあるもの。
ありませんか?
作れないから、と諦めていたもの。
頼める人がいないから、と忘れかけていたもの。
時代は、静かに変わりました。
作りたいものを言葉にできる人は、もう作れます。
私のような、コードの一行も読めない人間でも作れたのだから、これは本当です。
私の庭は、今日も誰かの呼吸の分だけ、静かに育っています。
よかったら、のぞいてみてください。


あなたの中の「作りたいもの」の話も、いつか聞かせてもらえたら嬉しいです。

