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食べることは信仰だった|日本人が忘れかけた、いただきますの本当の意味

しぜんのまほう
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痛みと向き合う中で気づいたこと

keko
keko

物事には必ず原因があります。

良いことはそれを続ければいい。

でも、うまくいっていないことには、
必ず立ち止まって向き合う必要がある。

そうしないと、
同じような現象が形を変えて繰り返し現れる。

私はこれを「相似形の法則」と呼んでいます。

病気も、人間関係も、お金も、食事も、みんな同じ原理と私は思ってます。

15年間、定期的に強い痛みに襲われてきました。

病院に行けば、症状を止めるだけの薬を出される。

飲めば別の不調が出る。

そのたびに「これは本当に自分の体に必要なものか?」と問い続けました。

痛みは苦しかった。

でも今思えば、あの痛みが私に「食とは何か」を本気で考えさせてくれました。

病は、体(と、体を作ったカミ)からのメッセージだったのだと、今は感じます。

「美味しい・不味い」の背後にあるもの

その流れで、食事は「美味しい」「不味い」で摂るものじゃない。

信仰で摂るものだ、と今は思い至ってます。

美味しい・不味いが悪いわけじゃない。

でもその背後にあるものを感じながらいただくと、もうその話じゃなくなります。

命の連鎖への感謝

例えば今日、食べたものを思い浮かべて…

それを育てた人がいる。

収穫した人がいる。

運んだ人がいる。

調理した人がいる。

それが自分だとしても、動くためのエネルギーが必要で、
そのエネルギーもまた誰かからもらったもの。

一緒に食べてくれる人がいる。

命を与えてくれた両親がいる。

その両親にも両親がいて、遡れば日本神話のカミまで繋がっていく。

ここで言うカミとは「神様」ではなく、限りなく「エネルギー」に近い意味。

日本語の「か」は力やエネルギーを象徴する意味を含み、
「み」は実や満ちるを表す意味を含みます。
カミ=エネルギーが満ちる

何ひとつ、偶然じゃない。

だから日本人は「いただきます」と手を合わせるんです。
命をいただく、という意味で。

日本食は1万6千年の知恵の結晶

日本の歴史は、少なくとも1万6千年はあると言われています。

その長い時間をかけて、ご先祖たちは考えに考えた。

どうすれば健康で、心安く過ごせるか。

何を食べれば体が喜ぶか。

どう調理すれば命が活きるか。

発酵、出汁、旬の食材、季節の行事食…日本食はその答えの結晶です。

ダルマ天使
ダルマ天使

食べることは、先人の知恵と繋がることでもあるんだね。

歴史って、自分のルーツだと思うんです。

ちゃんとした歴史を聞くと、魂が呼応してわかる感覚がある。

嘘か本当かは、自分の体で感じればわかる。

1945年以降に歪められたもの

ところがその知恵が、1945年9月3日以降に大きく歪められました。

ジェンダルマン
ジェンダルマン

戦後、GHQの占領政策により、日本人の食・教育・価値観が大きく塗り替えられていったんだ。

食の欧米化、添加物、植物油、精製された砂糖と小麦…
体に不都合が出るのは、当然のことかもしれません。

教育の中で、自分のルーツである食の歴史を知るチャンスはほとんどない。

でも知らなくても、体はちゃんと覚えている。

薬もワクチンも人間性も、みんな同じ原理だと私は見ています。

本来の姿から離れるほど、どこかに歪みが出る。

「いただきます」に戻る。そして呼吸に戻る

難しいことは何もありません。

今日の食事を、少しだけ丁寧にいただく。

作ってくれた人を思う。

命を繋いでくれた存在を感じる。

それだけで、食事は信仰になる。

「いただきます」という言葉に、
日本人の本質が全部入っていると私は思うんだけどな…

だるま王子
だるま王子

あなたはどう思う?

そして、一日に一度は呼吸を観察する癖をつけてみて♪
きっと幸せ感が増すと思うから🌈

自分の呼吸を感じていますか?呼吸から整える静かなアプリ『しぜんのまほう庭』
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