私が銀座まで会いに行った歯科医師の話|医療の歴史に、別の物語があるとしたら

木枯らしの吹く冬の日、私はほとんど誰も乗っていない新幹線に乗って、東京へ向かいました。
ガラガラの改札、誰も歩いていない銀座。
歩きながら私の中にあったのは、恐怖ではなく「これ、本当にここまでする必要があるの?」という静かな不審感でした。
私の目には、恐怖というフィルターがかかっていなかったから。
向かった先は、あるクリニック。
発熱した患者さんを受け入れる病院が次々となくなっていた時期に、受け入れ続けていると聞いた場所です。
当時、youtubeの番組経由で求人を知り、履歴書を書いて、面接という形で「実態をこの目で見に行こう」と思ったのです。
(今の仕事を辞める気はなかったんですけどね笑)
クリニックには、ちゃんと患者さんがいました。
噂が本当なら、その後の私に何か起きたはず。
でも、何日経っても何も起きませんでした。
この日から私は、吉野敏明という人を「全肯定も全否定もしない距離」で見ています。
今回はその先生が語る「医療の歴史」を、一つの物語として紹介します。
全てが正しいとは思っていません。
でも、実際に足を運んだ私には、全てが嘘とも思えないのです。
だから「こういう見方もある」として、聞いてもらえたら嬉しいです。
なぜ日本の統合医療は封じられたのか?
あなたは「医療の問題」が、じつは日本の歴史の深層にまで繋がっていることをご存じでしょうか?
私は私が四毒抜きをする理由でも述べている通り、健康の土台は「食」が基本であることは身を持って理解していました。
「表の物語」ではただの娯楽や制度の話に見えるけれど、その奥底には“見えない力がどう動いてきたか”という歴史のレイヤーがあります。
今回は、「日本の医療がなぜこうなったか」 という歴史の暗部を明かします。
現代の抗がん剤や認知症薬の「おかしさ」まで一本の線でつなげてみました。
「歴史を学び直す感覚」で読んでみてください。

はじめに
ロバート・ケネディJrは、抗がん剤や認知症治療薬、小児がん薬や向精神薬…。
その承認プロセスがおかしい、と言いました。

人の健康より利益優先の理屈に思えて、その点は私も随分前から疑問に思っていたのですが、でも本当に怖いのは、そこが“始まり”ではなかったということを知りました。
医療は“最後の最後”に出てくる表層でしかなく、その裏には株式市場の自由化、土地の売買規制の撤廃、移民政策、そして郵政改革など
日本の根幹を揺るがす一連の「改革」の流れがあります。
そして驚くべきことに、この流れの原点は 「ペリー来航」 にあったのです。
黒船が奪ったもの‐医療から読み解く、日本侵略の真実
黒船と検疫ー医療支配の始まり
1853年、黒船で来航したペリーは「日本人が独特の病気を持っていて、それがアメリカ人にうつったら困る」と検疫を求めた。

先生は、この検疫を入口に、日本独自の医学が西洋医学一色に塗り替えられていった、という見方を語ります。
当時の日本に、漢方・中医学・蘭学を融合させた高度な医学体系があったこと自体は、歴史として残っています。

私としては、
この「失われた知恵」の部分に、いちばん心が動きました。

なぜ、このことを医者も知らないのか?
この物語は、医学教育では語られません。
事実として確認できる部分と、先生の解釈が混ざっているとは思います。
ただ、先生が江戸時代から続く鍼灸漢方の家系に生まれ、その血脈の中でこの視点を育てたことは、お会いした空気からも伝わってくるものがありました。
医療は“最後の入り口”にすぎない
抗がん剤や薬の承認問題の奥に、大きな構造を見るかどうか!?
それは人それぞれだと思います。
私は「ぜんぶ裏で繋がってる!」と決めつけたくはない。
でも、「何を選び、どう生きるのか」が問われているという一点だけは、
自分の実感として本当です。
今を生きる私たちへ
「気がする」と「そうだ」は、ちがう。
だから私は、この話を「真実」としてではなく、「私の心が動いた一つの物語」として、ここに置いておきます。
何を信じるかより、自分の頭で考えること。それがこの記事でいちばん伝えたいことだからです。

今回の記事の参考になった動画はこちら
未来を取り戻す第一歩は、 「知ること」 から始まります。
こちらの動画もいろいろ考えるきっかけになります😊
👉 興味がある方は、ぜひ他にも吉野先生の講演動画や著書をチェックしてみてください。
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