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制度は後からついてくる

しぜんのまほう
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「政治は難しいし、正直よく分からない」
そう感じている人は、少なくないと思います。

私自身、特定の政党を支持しているわけでも、
政治活動をしているわけでもありません。

ただ、無所属・無派閥で政治に向き合っている人や、
保守の定義やその歴史を丁寧に踏まえて活動している人たちの話を、
時間をかけて聞く機会がありました。

例えば最近では、政治家っぽくないこんな人
和食の良さを再認識するきっかけになったこんな人
持病の治癒を導くきっかけを与えてくれたこんな人とか
コロナワクチンについて考えさせられたこの人
お金の仕組みについて深い洞察力を与えてくれたこういう人など

言っていることは最もで、学びも多い。
それでも、日常の生活に戻ってみると、
どうしても拭えない違和感が残りました。

今回の記事は、
その違和感を出発点に、今の制度や政治との関わり方について、
私なりに整理し、言語化してみました。

keko
keko

考えない制度の中で、どう息をするか。

「政治に興味がない人が多い」
「誰か“できそうな人”に任せておけばいい」

そんな空気が当たり前になって久しい。 でも本当にそれは“無関心”なんだろうか。

ジェンダルマン
ジェンダルマン

それは怠惰じゃなく、学習された無力感。

変わらない経験を積み重ねるうちに、考えないことが自己防衛になった。
その前提で作られた制度は、いつの間にか“考えない人間”を標準にしてしまった。

制度は、誰のために作られるのか

制度は本来、
人を信用しなくても社会が回るように」作られるもの。
それは善意や良心に頼らず、最悪を想定して社会を回すため。

けれど今の制度は、

  • 考えない
  • 任せきる
  • 疑わない

この状態を前提にしすぎている。
結果、考える人ほど疲弊し、考えない方が楽になる。

ダルマ天使
ダルマ天使

それ、考える人ほど楽にならないとしんどいね。

選挙より大事なもの

選挙は大切。
でも、選挙そのものが目的になった瞬間、何かを見失う。

本当に大事なのは
仕組みを見直し、実行する力が社会にあるか

問いはこう。

  • なぜ、この選び方しかないのか?
  • なぜ、関わるほど消耗するのか?
  • なぜ、暮らしと政治が分断されているのか?

ここに踏み込まず、「誰に入れるか」だけで終わると、世界は動かない。

制度が変わるときの、いつもの順番

歴史を振り返ると、制度が根本から変わるときには、だいたい同じ順番がある。

  1. 違和感を言語化する人が現れる
  2. 生活の中で別のやり方を実装する人が増える
  3. 制度が追いつかされる

重要なのは、②の生活の中で別のやり方を実装する人が十分に育つ前に、
③の制度が追いつくことはないということ。

だるま王子
だるま王子

中枢に突っ込むな。
先に“次の当たり前”を生きろ!ってことだね。

制度の中で消耗しきった人間には、新しい設計を描く体力が残らないから…

意識は、政治の言葉では増えない

増えるのは、もっと生活に近いところから

「意識を持つ人は増えるのか?」

ジェンダルマン
ジェンダルマン

増えると思う。
ただし、選挙や政治の言葉では増えない

増えるのは、こんなところから〜

  • 自分で選ぶ買い物
  • お金の渡し方
  • 応援の仕方
  • 身体感覚を取り戻す暮らし

ここにこそ、次の政治文化の芽がある。

共鳴した分だけ、差し出す

応援とは、救済でも自己犠牲でもない。 共鳴した分だけ、差し出すこと

  • 自分から差し出したくなるか
  • こちらの尊厳が下がらないか
  • 応援したあと、胸を張れるか

この基準を外した応援は、長く続かない。

キモダルマ
キモダルマ

胸を張れない応援なら、しないほうがいいし、
胸を張って黙ってる方が、ずっと味方になれるから。

おわりに

制度は、あとから真似をする

無理に戦場に行かなくていい。

先に、

  • 奪わない
  • 乞わない
  • でも閉じない

その在り方を生きていればいい。

制度はいつも遅れてくる。
だからこそ、追いつかせる側が必要。

生き方が変われば、制度はあとから真似をする。
――あなたは、どんな“次の当たり前”を生きますか?

keko
keko

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